東京高等裁判所 平成11年(行ケ)105号 判決 1999年11月04日
原告
A
被告
松下電器産業株式会社
代表者代表取締役
B
被告代理人弁理士
C
同
D
同
E
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成10年審判第35080号事件について平成11年2月19日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、別紙商標目録記載の構成からなり、指定商品を第9類「配電用又は制御用の機械器具、回転変流機、電池、電気磁気測定器、写真機械器具、映画機械器具、光学機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具及びその部品、電気アイロン、電気式ヘアカーラー、電気式ワックス磨き機、電気掃除機、電気ブザー、消火器、消火栓、消火ホース用ノズル、磁心、抵抗線、電極、映写フィルム、スライドフィルム、スライドフィルム用マウント、録画済みビデオディスク及びビデオテープ、ガソリンステーション用装置、自動販売機、アーク溶接機、金属溶断機、電気溶接装置、遊園地用機械器具」とする商標登録第4050773号(平成7年10月19日出願、平成9年8月29日設定登録)の商標権者である。
原告は、平成10年2月27日、被告を被請求人として、本件商標は商標法3条1項3号及び4条1項16号に該当すると主張してその登録を無効とする審判を請求し、特許庁は、これを平成10年審判第35080号事件として審理した結果、平成11年2月19日に「本件審判の請求を却下する。」との審決をし、平成11年3月15日、原告にその謄本を送達した。
2 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおり、商標登録の無効審判を請求するためには、当該請求をするについての法律上の利益が存する必要があるとしたうえ、請求人である原告には、本件商標の登録の無効審判を請求するにつき法律上の利益が認められないから請求は不適法である、とした。
第3原告主張の審決取消事由の要点
本件審判の請求は、商標法3条1項3号及び同4条1項16号を理由とした公益的理由に基づくものであるから、単純に民事訴訟法における「法律上の利益」の概念を持ち込むことはできないのに、審決は、商標登録の無効審判には、「利益なければ訴権なし」の原則が妥当するから、請求人は法律上正当な利益を有することが必要であるとの前提で、請求人である原告は法律上の利益を有する者とはいえないとして、本件審判の請求を却下した。審決は、誤った前提に立って誤った結論を導いたものであり、違法であるから取り消されるべきである。
1 商標登録を無効にすべき審決は、対世的な効力が生じ、審判請求人、被請求人、参加人に限らず、万人にその効果が及ぶものであるから、訴訟類型における形成訴訟に対応する。形成の訴えにおいては、形成判決の要否を法が個別に検討し、その必要がある場合にのみ法条を設けるものであるから、法条に定めた要件を備えれば、訴えの利益が認められるのが原則となる。その結果、形成訴訟においては、効力の及ぶものが多数となるから、適切な当事者を選ぶ理由が必要となる。適切な当事者の選定に当たっては、判決の効力を受ける第三者の保護が保障されるものとすることが必要であり、それには、まず、最も強い利害関係をもつ者に訴訟進行を期待する方法が考えられるが、そのほかにも、処分権主義、弁論主義の制約、職権探知主義の採用、あるいは、訴訟参加を可能にする等による方法があり得る。
2 商標登録の無効事由とされるもののうちには、商標法3条1項、同4条1項1ないし7号、同1項16号など公益に関する色彩の強いものがある。これら公益性の高い規定に反してなされた商標登録は、本来、存続自体が公益に反するものなのであるから、これらの商標登録の無効審判の請求は、請求人の適格を制限することなく、「何人も」なし得るものと解すべきである。
3 前述のとおり、弁論主義の制約、職権主義の採用、訴訟参加の規定は、対世的効力を生ずる形成訴訟類型の当事者となる適格を考えるに際し、当事者となるべき者を広く認めることを可能にする要素であるから、商標登録無効審判に関してもこれに対応する規定(例えば、商標法56条が準用する特許法の職権による証拠調べ(特許法150条)、職権による審判の進行(同152条)、申し立てない事項の裁判(同153条)、また、自白の拘束力を認めないこと(同151条第2文)、訴訟参加を認めること(同148条)など)が設けられているという事実は、上記解釈を正当化するものである。
4 公益的理由に由来する無効原因をもつ商標登録を存続させることは好ましくないという、同じ理由から設けられたものに、商標登録異議申立制度があり、ここでは、異議申立ては「何人も」なし得るとされている。異議申立ての請求人適格に制限がないのに、無効審判請求の請求人適格が制限される理由は見当らない。
5 請求人の適格を制限して審判を却下しても、原審のいう当事者適格を有する者を請求人として除斥期間内であれば新しい無効審判請求をすることも可能であるから、特許庁にとっても、却下された請求人にとっても、単に二重手間になるだけのことであり、請求人適格の問題により審判請求を却下しても実質上は誰の利益にもならない。
第4被告の反論の要点
審決は、正当であり、取り消すべき理由はない。原告は、独自の見解に基づいて審決を論難しているに過ぎない。
1 特許等の無効審判の請求人適格については、一般の行政不服申立ての場合と同様、請求することに法律上の利益を有する者に限られるとするのが学説、特許庁の実務、判例から帰納的に導き出される結論であり、この結論に疑義を挟む余地はない。
仮に原告主張のとおり、商標登録の無効審判が、その審決の対世的効力に鑑み、訴訟類型における形成訴訟に当たるとしても、そのことから直ちに無効審判を請求するに当たって法律上の利益なり利害関係が不要であるとする結論が導かれることにはならない。
原告は、商標登録異議申立てが「何人も」なし得るのに、無効審判請求の請求人適格が制限される理由は見当たらない旨主張するけれども、商標登録異議申立制度は、第三者による申立てを通じて特許庁の登録処分の短期是正を図り、登録の信頼性を担保する制度であり、そのため、異議申立期間は商標公報掲載の日から2月以内に制限されているのである。これに対して、商標登録無効の審判請求は、登録の適否を巡る当事者間の紛争の準司法的手続きによる解決を目的とする実質上第一審級裁判に相当する制度であり、そのため、請求許容期間として、商標法3条該当を理由とする場合は登録後5年という商標権の存続期間の半ばに相当する期間が与えられ、商標法4条1項16号該当を理由とする場合には除斥期間がないのである。両制度は、その趣旨及び役割を異にするものであるから、異議申立てを「何人も」なし得るからといって、無効審判も同様でなければならないとはいえない。
商標法は、随所に公益保護の規定を置いて商標権者の権益との調和を図っていることからすると、商標法3条1項3号及び同4条1項16号を理由とした公益的理由に基づく審判請求であることを理由として、無効審判請求の請求人適格が制限される理由はないとする原告の主張は、皮相的に過ぎ、誤っている。
第5当裁判所の判断
1 特許庁において商標を登録して商標権を付与する行為が行政庁の公権力の行使として行う行政処分であることは明らかであるから、その商標登録を無効にする審判の請求が、本来登録すべきでない商標を登録して商標権を付与した違法な行政処分に対する行政不服申立てという実質を有するものであることは明らかである。
他方、一般に、行政庁の処分に不服がある者は、行政不服審査法所定の手続によって、審査請求又は異議申立てをすることができるものとされている(同法4条1項)。そして、ここに行政庁の処分に不服がある者とは、同法の「国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保する」(同法1条1項)との目的に照らし、一般的には、当該処分について不服申立てをする法律上の利益がある者、すなわち、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解すべきであるとされている(最高裁判所昭和53年3月14日第3小法廷判決・民集32巻2号211頁参照)。
商標法は、商標登録制度の技術性から、商標法に固有の不服申立ての方法を定めたうえ、商標法上の処分についての行政不服審査法による一般的な不服申立てを禁じたが(商標法77条7項、特許法195条の4)、行政不服審査法における上記解釈は、商標法上の不服申立ての適格を考える際にも大きな指針となるものというべきである。
2 商標法全般についてみると、同法に規定する手続の中には、その利用又は関与に何らの資格を必要としないことが、「何人も」これをなし得るとの形で明文をもって規定されているものがあるのに対して、登録無効の審判については、「商標登録が次の各号の一に該当するときは、その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる。」(同法46条)と規定しているにとどまり、「何人も」これをなし得るとの語句を欠いていることが明らかである。
3 商標登録の無効審判に限ってみると、商標法56条により準用される特許法の規定によれば、商標登録の無効審判の請求をするに当たって請求の趣旨及びその理由等を記載した請求書を提出すること(特許法131条1項)、提出された請求書の副本を被請求人に送達して答弁書提出の機会を与えること(同134条1項)、審判において、申し立てられた理由以外の理由についても審理することができるが、この場合には、その理由につき当事者らに通知して意見申立ての機会を与えなければならないこと(同153条)を定めるほか、審判に関与する審判官についての除斥、忌避(同139条から144条まで)、公開による口頭審理方式(同145条)、利害関係人の参加(同148、149条)、証拠調(同150条)等、民事訴訟に類似した手続を規定しており、これらの規定の仕方を考慮すると、商標法は、商標登録無効の審判について民事訴訟に準じた手続構造を採用していることが明らかであるから、「利益なければ訴権なし」という民事訴訟法の原則が本来的に当てはまるものとみるのが自然である。
4 商標法には、商標登録を職権で無効にする制度は設けられていない。
5 以上のようにみてくると、商標登録無効審判の請求人適格を請求につき法律上の利害関係を持たない者にまで認めることを正当化するためには、上記行政不服審査法や民事訴訟法の原則を排除しなければならないような特別の理由が必要であるものというべきである。しかし、このような特別の理由を見出すことはできない。
6 原告の主張の中心は、要するに、公益的理由に基づく無効審判においては、その公益性を考えると、請求人適格を狭めることに合理性はなく、むしろこれを広げる必要性があるということである。請求人により無効審判の対象とされる商標登録が、常に、真実、無効となるべきものであるならば、原告主張のように考えることも可能であろう。しかし、現実には、当該商標が無効とされるべきものであるか否かは、審判における審理、判断を経て初めて明らかになる事柄であり、結論として無効とされるべきでないと判断されるものもあるのである。そうだとすれば、このような手続の請求人適格を定めるに当たっては、出発点としては公益性を十分考慮に入れつつも、それにとどまらず、公益性に係りのある他の種類の行政処分における扱いとの調和、被請求人とされる当該登録商標の商標権者や使用権者、あるいは、審理、判断に当たる特許庁の不利益や負担など他の要素をも考慮に入れた、総合的判断が必要となるのである。そして、その総合的判断の結果、原告も主張する登録異議申立制度なども含む慎重な手続を経た後の商標登録を無効とする審判については、請求人適格を前記の意味で法律上の利益のある者に限るとすることには、十分合理性があるのみならず、むしろこれこそが最も合理的な結論というべきである。無効審判の公益的性質から直ちに請求人適格の制限の排除に結び付ける原告の主張には、事の一面しか見ないことから生ずる論理の飛躍があるというほかない。
商標登録異議申立制度を根拠とする原告の主張も採用できない。
商標法は、商標登録異議申立てについて、書面審理を原則としていること(同法43条の6)、審判官は、商標権者、登録異議申立人又は参加人が申し立てない理由についても、無条件で審理することができるのを原則としていること(同43条の9)、申立ては商標掲載公報の発行の日から2月以内に限ってなしうること(同43条の2)を規定するほか、民事訴訟法類似の対審構造とはなっていないことなどをも考慮すると、商標登録異議申立制度は、既になされた商標権の付与について、特許庁が自ら付与の適否を審理し、瑕疵がある場合にはその是正を図ることを基本的目的としているものであって、無効審判とは手続の性格を異にするというべきであるから、そこで、異議申立ては「何人も」なし得るからといって、無効審判においても、請求は「何人も」なし得るとならなければならない必然性はない。むしろ、異議申立てという「何人も」なし得る手続があるからこそ、登記無効の請求は「法律上の利益のある者」に限ることの合理性が高まるともいい得るのである。
7 本件全証拠によっても、本件審判請求において、原告が、商標登録無効の審判の請求人として法律上の利益を有することを認めるに足りる証拠はない。
第6よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙商標目録